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スキゾイドパーソナリティ [作文]

スキゾイドってなに?

と、その言葉をまず知らなかったので、検索してみたのね。暫く前になりますが。

そしたらまー、なんということでしょう。

自分自身に思い当たることあり過ぎで、調べ読んでく程に、胸高鳴りへんな汗が出た。

以下、ウィキペディアより引用の診断基準

  1. 家族を含めて、親密な関係をもちたいとは思わない。あるいはそれを楽しく感じない
  2. 一貫して孤立した行動を好む
  3. 他人と性体験をもつことに対する興味が、もしあったとしても少ししかない
  4. 喜びを感じられるような活動が、もしあったとしても、少ししかない
  5. 第一度親族以外には、親しい友人、信頼できる友人がいない
  6. 賞賛にも批判に対しても無関心にみえる
  7. 情緒的な冷たさ、超然とした態度あるいは平板な感情

 

4つ以上当てはまればスキゾイドパーソナリティ障害だそうですが、全部当てはまります。

特に、14歳までの私には顕著。 

5に至っては、親族とも親しくはなかったし、信頼できないというよりか、安心して心を寄せられる人がいなかった。小中学校ではクラスで孤立するタイプでした。友人は僅かにいましたが、心許せる親友といえる程ではなかった。

3と4に関しては、15歳以降に大分緩やかにはなりましたが・・・2・6・7についても、歳を重ねるにつれ、少ーしずつ和らいできました。が、根本的性質は、今もこんな感じです。

生まれつきの部分と、成長過程で加速増幅した部分と、両方かな。 

少年期~青年期に「私はこれがやりたい」など、自分の意志を両親など周りの大人から否定(もしくは過干渉)され続けて育ち、自分の意志を表現しようとは思わなくなった(あきらめた)人に多くみられる。 

ってのも、そのまんまですが、否定と過干渉はダブル。

自分の意志や人格は否定され、徹底的に管理支配された。過干渉が特に苛烈でしたが、やってる人にはその自覚がぜーんぜん無いようでした。

自分は正しいこと、或いは当たり前のことをしていると思ってたんだろうねえ。

だから、娘の精神がどれほど傷ついてたかなんて知る由もなく、無頓着。

だから、私もその無頓着にならって、抗うことを早々に止めてしまいましたっけねえ。

抗ってもムダだと、子供の時に、あきらめた。 

怒りや憎しみの感情は起こらなかったですねー

ただ、とても悲しくて心細かった。それすら、だんだんと冷めてゆき、どうでもよくなった。

周囲の人に対し、無関心になっていった。

私の関心は、地べたを這う虫とか草花、小鳥などの動物、絵本の中の世界などに向かった。

 

彼らの心には、よく知らない人と親密であるという不確かな(空想の)観念が存在することがある。 

これも、じつに思い当たる。

周りに親しい心許せるひとがいないので、きっとどこか別の場所にいるんだ、と。

何かの間違いで、自分はここにいるんだ、と。 

そんなふうに思い込み、信じていたかった。

それが希望や救いになってたかもなーって、今は思っています。 

 

スキゾイドって障害(病)なんですかねえ?

そういう気質だってことで、特に治療なんて必要ない気もします。 

あまり問題に感じたこともないし、今現在困ってもいないから、病院行かなくってもいいよね?


タグ:スキゾイド
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ヒツジfarm [作文]

<<1979年xx月xx日>> 

教室にミニチュア・ヒツジ牧場が出現した。

先生が枠を作って人工芝みたいの敷いて、クラスの皆が家庭科の課題で作った手のひらサイズのフェルトのヒツジを置いていったもの。

「わあ、すごいねー!上手だねー!」 「へぇー、うまいもんだな!」 

1ぴきのヒツジが、クラスメイトたちから賞賛を浴び、注目を集めてた。 

それは私の作った淡いピンクのヒツジ。

私は不思議でならなかった。褒められてもあんまり嬉しくなかった。

だってちっともすごくなんかない。私のヒツジは、ごく普通の出来栄えだ。

それに対し、みんなのヒツジが愕然とするほど残念な仕上がりなだけなのだ。

どんな感じかっていうと・・

・型どおりにフェルトをちゃんと切らない

・切り直しもせず、いびつな形のまま縫っちゃう

・縫い目が粗い 綿の詰めがゆるい

・歪んだ顔のパーツ・・・・・などなど。  

子供手作り品だから、いびつでも歪んでても味わい深くユニークではあります。

一生懸命作ったんなら充分、精度を求める方がおかしいんじゃない、とか思う? 

そういうことじゃなくてさ。 

ちっとも難しくなんかないことなの。

少し気を付けて丁寧にやればいいだけのことなのよ。 

例えば、折鶴はカドをきちっと合わせて折らなきゃキレイに出来ないけど、あれと同じ。 

クラスのみんなは「出来ない」んじゃなくて「やらない」だけだと思った。 

なんでやらないの?? 私は不思議でたまらなかった。 

 

私はなんとなく、薄桃色のフェルトでヒツジを作りたくなった。

そんな色のヒツジはいないけど、作りものならいてもいいんじゃないと思った。

でも、牧場のヒツジはみーんな白かった。 

みーんな白ばっかだから、私の桃色ヒツジはその中で浮きまくってたのに、「なんでピンク?」とか「変な色!」と言う子は1人もいなかった。

それもまた、私には不思議に思われてなりませんでした。

ハテナがいっぱい・・・私の普通は普通でとおらないようだと感じた。

 

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<<あとがき>> 

だからって自分を人とは違うんだとか特別なんだと思ったことなど1度も無くてですね、

むしろそんな考えが脳裏をかすめると、怖くてそれを打ち消してたような気がするなぁ

この桃色ヒツジはその後、中学の音楽準備室(部室)に、長いこと処分もされずマスコット的に居座り続けたのでしたが・・・今はどうなっているやら。さすがにもう、いなくなってるかもね。


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reset [作文]

<<1月某日>>

よかったー・・・その可能性も考えたのよ。

そっちだったんなら、安心した。 

一番言いたかったのはこれだから、これだけは・・・や、その必要すらなさそうか。

丸ごと切り捨てられたというより、リセットされたって感じか。

どっちでも淋しいことに変わりないが、そう思ってた方が気持ち的にだいぶまし。 

形などどうなろうと、或いは無くなろうと、どうってことない、なんでもないことかな。

いつしかどこか捉われてた?ならば、これでいいんでしょう。 

 

<<2月某日>>

なんでもないのになあー・・・

ってもムダね。感情って厄介なもの。

でも、そうわるいもんでもないです。 

わかっちゃいても抑えきれぬ程に湧き上がってくるなら出しちゃってもいいんじゃない。

たまになら・・・我慢のしすぎは碌なことにならないから。

 

<<お告げ>> 

望ましいのは・・・ 

「軽やかに、スーッと肩の力が抜けていくような穏やかな関わり」

ふうん、そういうのもいいかもね。

私はどんなんでもよかった。こうじゃなきゃ!なんてこだわりはない。

関わりたくないけど、消去したいんじゃないんなら、これで合ってそうな気もするね。

 

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<<あとがき>> 

身の回りの出来事についてちょろっと、感じたまま書いてみました。

日記じゃなくて作文。私小説ってほど大層なもんじゃなくて作文ですね。

エッセイというのもなんだか小洒落てて違うなーと思う。  

そんなにたくさん書く気はないんですが・・・今のところ。

書いてみたい自分の過去昔ネタとか、あるにはあるんですけどね。

ここに書き連ねるには、けっこうな時間をくいますから、今はちょっと。

今年は、やることが増えちゃって、あんまし時間を割けないかもなのです。

そんな状況だけど、とりあえずやってみちゃった!

Vol.1ブログを始めたときも、おんなじよーな感じだったわね、そういえば・・・

たぶん、ここの更新は緩やかになろうかと思います。

ツイッターの方には、ほぼ毎日なんかしら書いてることが多いです。(サイドバーから見にいけますので、よろしかったらどうぞ) 

作文の内容は、概ね本当ですが、概ね本当ってことは嘘も含まれるってことです。

でも、大嘘は書いてないです。

では、またね~[手(パー)] 


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